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心新たに

僕は2010年12月15日にフランスから帰国。

じつに7年半、フランスで色々な出会いがあり、僕の価値観を大きく変えた。
フランス最高の熟成肉を扱うビストロ、さまざまな自然派ワイン、世界一のソムリエ、ワインの生産者、農、畜、漁、猟に携わる方々、有名シャトーのオーナー、最高といわれるレストラン。

そして、六本木 イ・ヴィニェーリ(i Vigneri)シェフを経て,2011年9月19日から、阿佐ヶ谷で、“ラ・メゾン・クルティーヌ”をオープンし,新たな季節を迎えます。


帰国直前は南仏のバスク地方との県境、PAUのレストランで働いていました。少し紹介します。

ポーのレストランの名前は Les Papilles Insolites (レ・パピーユ・アンソリット)。
ソムリエの友人に頼まれて2009年11月18日(新規オープン)から2010年12月10日までシェフをしてきました。
彼は23歳でフランス三ツ星のシェフソムリエ(世界最年少記録)としてミッシェル・ゲラールというレストランで7年間働いた 本物。
その他にも4件でソムリエをしているけど全て三ツ星。

そんな彼が自然派ワインと出会い、感動したのが2000年。
即、ソムリエを止めて、自然派ワインだけを扱うワイン屋で、自然派ワインに囲まれて働いてました。
僕の人生を変えた年”2004年”に、そのワイン屋さんで、僕らは出会う。
僕はすぐに自然派の魅力にはまり、彼と意気投合した。

そんな彼の名前は ジャン-パスカル・ロヴォル 
彼の働くワイン屋は、僕がシェフを務めるレストラン”la Maison Courtine” のすぐ近くで、互いに、互いの店の常連となっていた。
そんなある日、彼が僕に言ったんです。
「南仏にワインビストロを開きたい。一緒に来てくれないか?」 って。

そくOKしました。一年間の条件付きで。
その2年後、約束通り、僕らはポーで店をオープン。
彼がサービスして、僕が料理を作る。
いたってシンプルに。
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PAUに咲いた心の華

ポーで最初の僕の仕事は、古いバーカウンターの修繕と磨き上げ。
ジャンパスカルが骨董市で見つけてきた歴史を感じさせる、おんぼろ。
直すのに、親戚からおじいちゃん夫妻までみんなであーでもないこーでもないと話し合ってから、やっと修繕が始まった。
つづいて、店の内装も自分たちでできるところは全てやる。
店の権利を買って、建物のオーナーになった途端に僕たちのとった行動は”階段の壁を壊す”
ジャンパスカルと、2人で前から、ダサいよなこれ みたいに話し合ってたから、ハンマーで躊躇なく。
そんな感じで始まって、店中のペンキを塗って、
調理場の器具を全て僕が選んで、取り付けた。ダクト、冷蔵庫、食器洗浄機も全て。

棚やテーブルやその他すべてのものが、僕の動きに合わせた、配置、サイズになった。
僕は幸せもんだなと少し涙がこぼれそうだった。

で、2009年11月18日ボジョレーヌーボー解禁日に合わせてオープン。
小さな町、ポーでは伝説的な1年間の始まり。

賄い料理は、必ずお客さんが食べてるものと同じものを食べた。ジャンパスカルがワインを合わせ、2人で、色んなことを話す。理解しあう。
食材は、魚は漁港から直仕入れ、肉はパリのほとんどすべての三ツ星に卸しているフランス一と評される肉屋(一時期特別なバイトとして技術を学ぶ)と同じ肉をつかえた。
野菜は・・田舎なので生産者が採れたてを、毎朝市場に持ってくる。
僕は毎朝その日に使う分だけの野菜を買った。
豚肉は隣町のお肉屋さん。鴨は反対がわの隣町から。。。
なんでも探すとすぐに見つかった。
そしてみんなと仲良くなった。

日本へ帰国することを伝えると、誰もがまた必ず会おうと、約束を求めた。

僕は年に一度この街に帰る約束をかわして別れた。

まず、一年間ほとんど満席だった。 あんなに小さな町なのに3週間予約が埋まったこともあった。お客さんのテーブルへ挨拶に行くと、3つ星よりもおいしいと絶賛され、全てのお客さんが、僕を古い友人のように話しかける。
最高だった。
嬉しかった。
楽しかった


新規ドキュメント_2
「オープンして1ヶ月が経った頃、南仏の地方新聞にて。”プティオニオン”(密かなお気に入り)という見出しで紹介される。」

新規ドキュメント_2
 「オープンして3ヶ月が経った頃の新聞で。”味蕾を覚醒させる場所” として紹介。」

新規ドキュメント_5
 「オープン4ヶ月目にのった雑誌”SUD WEST”で。”ビストロ・ガストロ”(美食家のビストロ)と紹介。」

新規ドキュメント_1-1
「2010年10月にイギリス、フランス、アメリカで同時に発刊された ”ル・フーディング2010” 。 ”カーヴ・ア・マンジェ”(「料理が楽しめる専門ワイン店」部門)の2010年フランス最高のレストランとして。」


フランスの7年半は電子書籍となりました。

フランスの7年半をご愛読ありがとうございます。


フランスの7年半が電子書籍となりました。


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なんのツテもなく、ただ行ってみいたいという強い好奇心だけで渡仏した単純な楽天家が、二日目の奇跡的な再会から、色々な人々と繋がってゆくノンフィクション滞在記。
 フランス最高の熟成肉を扱うビストロ、さまざまなナチュラルワイン、世界一のソムリエ、ナチュラルワインの生産者、農、畜、漁、猟に携わる方々、有名シャトーのオーナー、三つ星レストランのシェフ・・・そして、気づけばパリ一つ星レストランのシェフに就任してしまった。全てがめまぐるしく移り変わってゆく7年半。 フランスで起こる様々な人間模様、文化、音楽、料理などを時に詳しく、時にさらりと、いろいろな角度からコミカルに描く。

目次

<プロローグ>
 心新たに
PAUに咲いた心の華

<渡仏>
初陣
奇跡的な再会

<ラ・ターブル・ダンベール>
一世を風靡した前衛的レストラン
必死
諸行無常

< ルレ・ルイ・トレーズ>
MOF
極秘 スタンプラリー
ルレ・ルイ・トレーズ
なんて優雅独尊な・・・
ある日の出来事
挫折

<仲間>
出逢い
フランスの大晦日
フランスの大晦日 続
団体戦フェット

<ヘルプ>
賄い料理
賄い料理担当!?
レンズ豆
コミやアプランティーのキャラクター
きっかけ

<ラ・メゾン・クルティーヌ>
ラ・メゾン・クルティーヌ
ジャンーパスカル・ロヴォル
そんな 無茶な
ランジス?
いざ、ランジスへ
ダミアンとギヨム 

<達人>
達人、
達人 続
達人 続の続

<滞在許可証>
ワーキングホリデー
一杯飲も〜!
熱さ
熱さ は飛び火する。
ムッシュ・ポリス
デセール
ユーゴ・デノワイエ
ジェラール・シュレール翁
日本人二人
久しぶりに俺が調理場に入ろうか。
イヴからの電話
あとがき


是非。

フランスの7年半


善塔一幸

プロフィール

阿佐ヶ谷のシェフ

Author:阿佐ヶ谷のシェフ
kazuyuki ZENTO (善塔一幸) オーナーシェフ

フランスでの最高の7年半を終え、帰国。
パリ14区に実在した一ツ星レストランのエスプリを引き継ぎ、 “La Maison Courtine" 阿佐ヶ谷でオープン  
場所 杉並区阿佐ヶ谷南3−37−10Ysディセンダンツビル1F

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